project schedule


[studio]での活動は終了しました。
ご来場いただいたみなさん、どうもありがとうございました。

今後、吉原治良賞記念アート・プロジェクト2008では、これまでの[studio]等での活動を元にアーティストが最終計画書を作成し、それをもって審査員による2次選考が行われます。またアーティスト決定後に、別途コーディネーターの審査が行われます。
最終結果は、年明け頃に発表の予定です。

* mixiにもコミュ作ってみました!:吉原治良賞記念AP2008メンバー募集中です。
ラベル レポート の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル レポート の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2007年8月31日

芸術の意味

8月29日(水)の夜に、山本握微さんの「レクチャーしなくちゃvol.3」が開かれました。
今回は、同じく吉原AP入選作家である藤井光さんを招いてメディア・アートについてレクチャーを受けたあと、芸術とは何かについて、握微さんとの討論がなされました。


前半の藤井さんのレクチャーでは、ヨーロッパを中心としたアーティストの紹介等が行われました。バンクシーやThe Yes Men、比嘉豊光、IRWINなどが取り上げられてました。メディア・アートとして普通、例にあがるような作家さんたちというより、藤井さんの好みが表れたラインナップで興味深かったです。
(ちなみにIRWINは2003年に京都に来ていて、私はその時コーディネーターだったのでとても懐かしく思い出しました。)

芸術とは、アートとは何かというテーマは、アーティストにもそれらに携わる人にとっても、ずっと心に中にあるものだと思うのですが、それに対してどのような形であれ答えようとする姿勢というのは忘れてはいけないなぁと改めて思いました。基本中の基本ですが。

昔、尊敬する先生に「芸術の意味とは何でしょうか」とものすごく短絡的に聞いた時に、「自分の感覚を広げてくれるものでしょう。温泉につかっていい気分の時に、自分の体が溶けて世界の果てまで広がっていくような感覚。芸術は、そのような感覚をもたらせてくれるものだと思う。」と答えてくれました。これだと温泉も芸術か、ということになりそうですが、多分、そうなのでしょう。というか、別にそれでもいいと今は思っています。ひとが決める芸術の範囲なんてたかが知れているので、その時から私はあまり深刻に悩まなくなったのですが、真剣に考えることは大事だなと今回のレクチャーを聞いていて思ったのでした。

吉原治良が言った「ひとのまねをするな」はとてもキャッチーでよいスローガンになると思うのですが、ひとのまねをしないことが本当に可能か、真のオリジナリティがどこにあるのか、は永遠のテーマかもしれません。これについては、またちょっと考えてみたいと思います。それがアートとは何か、を考えることにも通じているように思うので。まとまってなくてすみません。

また藤井さんの「芸術裁判」プロジェクトは新しい局面をむかえているようです。これも、裁判をおこすことの意味は、芸術とは?アートとは?を社会に問うことにあるのかもしれません。また詳しくは後ほど。

2007年8月23日

思い出すことに他ならない

2007年8月18日

山本握微 独自企画「レクチャーしなくちゃ」
第二回 思い出すことに他ならない
ゲスト 益山貴司氏 
劇団「子供鉅人」主宰にして、谷町6丁目にある路地裏長屋カフェバー「ポコペン」の名物マスター。

本プロジェクト入選作家の山本握微と同年齢であり、演劇という共通項で結びついている二人が「場」をキーワードに対談をしました。
「場」というテーマは、『益山氏の劇団、子供鉅人は、決して「様々な場所で演劇しよう」ということをコンセプトに活動をしているわけではない。僕は彼の劇団を旗揚げから観てきたが、「色んな場所で演劇してるな」と感じたこともない。だが、気がつけば、手を変え品を変え場も変えて、舞台を作っている。』という山本の言葉が裏付けるように、益山氏の表現活動に大きく関わっているように見えます。その実態を探り、多くの表現者の悩みの種である「場」について益山氏の話を伺うことがこのレクチャーの目的でした。

まず、益山氏のいでたちとキャラクターに、その場の誰もが引きつけられた。甚平を身にまとった益山氏は、独特の砕けた喋り方で、テーマに関係あること無いことを多く語ってくださいました。

「場」については、特に意識せず、人と人との繋がりで、同時に巡り会わせでしかなく、それこそ必然的にそうなっているということでした。知っている劇空間が南森町の家の近所にあるプラネットステーションで、そこから人に紹介されながら様々な場所を渡り歩いて、今のポコペンに辿り着いたそうです。自由人を思わせるその風貌と、人当たりの良い雰囲気から、そういった必然性は、妙な説得力を持っていたように思えました。

そこから話はタイトルにあるように「思い出すことに他ならない」から派生し「思い出す」ことについてに移っていきました。このタイトルは益山氏の言葉の引用です。山本が言うには、劇作を指しての言葉だそうです。

「思い出す」ことはごく自然に行われている行為です。しかし思い出すためには、装置が必要です。当時の物や事、事件など、その装置は様々です。ここでは様々な話題が飛び交いましたが、印象的だったのは在日コリアン4世である益山氏が幼少期から体験し、当たり前だと思っていた「韓国流の法事」についての話についてでした。

日本の法事とは違い、物凄い数の料理が食卓に並び、先祖への経緯を表す韓流の法事は、親族の誰もがそこに見えない先祖をあたかも存在しているように扱うらしく、その行為に益山氏は子供ながらにショッキングだったとのことでした。
益山氏はそこにもしかしたら自分の演劇のルーツがあるのかも、などと笑いながら話していましたが、個人の生まれた時代や取り巻く環境、それこそ「場」が、人格の形成に大きく影響するのだなと、改めて実感できました。

本プロジェクト審査員の芹沢氏もお見えになり、アフタートークも楽しく過ごすことができました。ご来場くださった方々に感謝の意を申し上げます。

さーて次回「レクチャーしなくちゃ」は
-----------------------------
8月29日(水) 19:00~(90分予定)・申し込み不要
会 場:[studio]ゲスト:藤井光 (メディア・アーティスト、「吉原治良賞記念アートプロジェクト2008」入選作家)
進行:山本握微(普通芸術家)

3回目となる「レクチャーしなくちゃ」では、山本と同じ入選アーティストである藤井光を講師として迎えます。新しい技術や機材を用いた表現、という狭義のメディア・アートではなく、各種の社会制度を内外から実践的に問う「メディア・アート」を、藤井の作品や海外の実例を紹介しながら、掘り下げていきます。その上で、より普遍的で有用な「芸術とは何か」という定義を、改めて模索していきます。
--------------------------------------------
沢山のご来場をお待ちしております。

益山氏は現在劇団のヨーロッパツアーに行っております。ご無事と成功をお祈り致します。


(山下)

2007年8月11日

希望のひかり

今日で「アーティストの夏休み」展終了しました。見に来てくださったみなさん、手伝ってくれたみなさん、楽しんで作品を作ってくださった作家のみなさん、どうもありがとうございました。反省することもいろいろありますが、なんだか私も楽しめてよかったです。また感想は、できるだけ書きます。紹介できていない作品もあるので、それらについても言いたいことがあるのです。


で、

最終日の今日は山本握微さんの自主企画「レクチャーしなくちゃvol.01 普通芸術家『池上宣久』」も行いました。こちらも暑い中、たくさんのご来場ありがとうございました。池上さんのお話、とても面白かったです。人生における転機とか決定的な出来事って、自分のことじゃなくてもやっぱり本人から聞くと面白い。特に池上さんは、人生楽しく生きる術をよくご存じで、それを無理なく体現されているのが伝わってきて、聞く方もとてもリラックスして話をうかがうことができました。突然、詩を朗読される様子には、若干面喰いましたが、「波平の毛」とかインパクト充分。吉原アーティストのみなさんも、あれぐらい益々突き抜けてほしいものです。(小希望)

2007年8月9日

夏休み 宿題の思い出・・・・


現在開催中の展覧会「アーティストの夏休み」にあわせて、作家のみなさんに夏休みの宿題の思い出につて書いてもらいました。


二木奈緒さん>
子供の頃から「図画工作」がすきで、中でも夏休みの宿題は何を作ってもいいので夏休みの一大イベントでした。漢字や数学のドリルはそっちのけ。ある夏は、恐竜図鑑とにらめっこし紙粘土で形を作り絵の具をぬって手作りジェラシックパーク。またある夏は、母がくれた端布をハサミとボンドで切り・貼り・切り・貼り、お手製タペストリー。思えば今とそんなに変わらない。もしかしたら私の制作活動は毎日が夏休みの宿題のようで、最近ではそれが生活の中心になってきたのでうれしい。


ばんばまさえさん>
他の宿題はほとんど9月前に慌ててやってましたが、図画工作や家庭は早めに楽しんで作っていました。 思い出に残っているのは、家庭科の自由課題で、物語の一場面をパッチワークで表現したもの。 絵の具を使うより不便なのですが、それがかえって面白くていろいろ工夫した記憶があります。


谷本良子さん>
夏休みが終わると私の通っていた小学校では、全学年の夏休み自由制作を体育館に一斉に並べ、展覧会のようなものをするのが慣わしでした。当時小学3年生の私にとって、6年生の作品はとても大人っぽく、かっこ良く見えたものです。その中でもとりわけ私の目を引いたのは、布の端と端を縫い合わせ、布の耳を折り返し、ゴムを入れた、かわいいポケット付きのチエックのスカートでした。それをべたべたと触っては、私も作ってみたいと強くあこがれました。次の年の夏休み、私は親のミシンをこっそり使って、なにやら服のようなものを作ろうと試行錯誤してみたのですが、ミシンをぐちゃぐちゃにしただけで、スカートを完成させる事は出来きませんでした。そして、最後の一日に苦し紛れで石鹸箱に折り紙を貼付けただけのどうしようもないような貯金箱を作ってしまい、たいへん恥ずかしかったという苦い思い出があります。



谷本さんのような経験、私にもあります。みんなの作品を全部並べてみた時に、どうしようもなく自分の作品が恥ずかしかったりして・・・・次はがんばろう・・・・と思うのです。

2007年8月7日

宿題に追われるアーティストの姿


今日から、446で「アーティストの夏休み」展はじまりました。

実は昨日の搬入は、出展してもらっている作家さんの数も多くて、ドタバタだったのですが、後で振り返ると、みんな本当に夏休みの宿題に追われている小学生のようでとても面白かったです。じゃんじゃん、私のところに電話してきて、間に合わないとか、遅れると言ってくる人もいれば、すっかり前に出来上がっている余裕の優等生もいて、みんなたぶん、昔も同じやったやろうな・・・・と一人納得していました。想像すると面白くて、きっとこの人は小学生の頃からソツなくこなしているはず、とか、予想外のことが起こってバタバタしている姿とか、もう突き抜けて明日(会期2日目)搬入するとか・・・それは9月10日頃宿題を持ってくるやつみたいやん!・・・と笑えました。

作品も個性豊かでとてもおもしろいです。

写真は、"夢をみる夢"の田中さつきさんの「あさりの観察日記」です。手に取って中を見ることができます。私は笑ってしまったのですが、泣いたという人もいて魅力的な作品です。

以下、田中さつきさんの夏休みの思い出。
-------------------
今考えるとよくわからないけど、子供の頃、毎年やたらと観察日記とやらをつけていた。 朝顔の観察日記、ありの観察日記、クラスメイトの はみパン日記。 別に対象に深い思い入れはない。ただ、「観察」して妄想することが好きだった。
-------------------

2007年8月2日

満員御礼

今日のレクチャーは、本当にたくさんの方にお越しいただきました。(狭い、暑い、さらに前半は一部聞こえにくかったりと、いろいろお迷惑おかけしましたが、、、)とても有意義で重要なキーワードがたくさん隠されているトーク・セッションになったと思います。

いろいろ書きたいことはあるのですが、私の中でまだ消化しきれていないので、詳しくは後日改めますが、今後、美術が社会の中で担っていく役割などについて意識させられる部分が多かったように思いました。いろんな要素がてんこもりだったので、見に来ていただいた方それぞれの中で、印象に残っている部分が全く違うのではないでしょうか。またご意見、ご感想などもお寄せください。

2007年7月20日

ここも案外素敵

山本握微さんの「ここ以外は素敵ですぜ」絶賛、開催中です。

ここ以外は素敵って、ここはひどいのかと思っていたのですが、案外素敵だと思いました。「ここにはない作品についての、批評でも感想でもなくただの言及」というようなことが書いてありましたが、しっかり愛のある批評がたくさん並んでいます。

私は、本当に腹の立つ作品を見た時は、「ちぇっ!金かえせっ!」と(家庭内では)叫んだりするタイプなので、そういうムカついたものについてもたくさん言及があるのかと勝手に想像していたのですが、握微さんが好きなもの、よかったと思うもの、興味ひかれたものについて書いてあるものがほとんどで、ちょっとびっくりしました。(よく考えると、素敵なものについて書いてあるのだから当然ですが。)

あそこで言及されている作品で、私が実際に目にしたことがあったのは、藤井光さんの「飛行少年死す」だけだったのですが、その他、見たことのない作品についてもいろいろ楽しんで読むことができました。どれも、見てみたいと思わせる文章で、これはある意味すごいというか、最近私に欠如している要素ではないかと考えさせられました。

プロデューサーやキュレーターは、自分が本当にいいと思ったものじゃないと手をつけないし、そうでなくては絶対にいいものは作れないと思うのです。でもコーディネーターは基本的に、その判断が終わった後に仕事が降りてくるスタンスなので、「仕事」としてやる場合はどこかで区切りをつけて、これも好きあれもすごいと思いこんでやっている部分が少なからずあります。正直に、本当に自分はどれが好きで、どんなものに感動して、、、という出発点にはあったはずの気持ちがわからなくなることもあります。というか、あえて考えないようにするとか。たぶん、私は今、そういう状態なのだと気づきました。何を見ても自分でもびっくりするぐらい感動したり泣いたりすることがないのは、そのせいでしょう。重症です。

まぁ、私の話は置いておいて、、、
そういういろんなことを考えさせられる展示です。泣きはしなかったけど、正直に面白いと思いました。
明日18時までです。まだの方ぜひご高覧ください。感想もお待ちしてます。


あっでも、全体的な傾向として、みなさんちょっと小さくまとまり過ぎなんじゃないの、とも思っています。握微さんだけではなく。もちろん一番は私自身が、ですが。。。
なんかこの、そこはかとない中途半端な感じ、何とかしたい。あんまり人のこと考えないで、好きなことやった方がいいですよ。>みなさん。>そして私。

yamamoto mayumi

2007年7月10日

ビビんなくていい

日曜日、「アートのための法律相談所」にたくさんのご来場、ありがとうございました。わざわざ東京から来てくださった方もいたと聞いて、やはりこういったトピックを扱う催しがまだまだ少ないのだなと実感しました。アートと法律は、私の中ではもっとも縁遠いというか、実際にはいろいろ問題がある割に全く別の相いれないもの同士のような気がしていて、一番端と端にあるものを一緒に考えようとすること自体に感心してしまいました。

講師で来ていただいた作田さんのお話にもあったように、法律は最終的には思考を止めるためのものなので、それを促進しようとするアートとは真逆にあるのかもしれません。でもそれゆえに、そこで挑戦することの意義もあり、そこでしか見えてこないこともあるからこそ、藤井さんのプロジェクトの面白さや動機がどのようなものなのか伝わるような気がしました。

作田さんのお話の中ででてきた、「芸術の分野で訴えられることが実際にはほとんどない」、ということ「アーティストはビビんなくていい」というのは目から鱗の感がありました。それに、藤井さんの今回のプロジェクトの最終目標のためには、実際に裁判を行う必要があるわけですが、それがなかなか難しいということが改めて理解できました。芸術を法の対象として論じる前に、その状況を作り出すことさえも、です。それも含めてのプロジェクトだからこそ、面白いということもありますが。

でも小心者の私には「ばれなければ大丈夫」という考え方には、若干の戸惑いがあって、アーティストはやりたいことがあって結果としてそうなったのであればそれでいいいかもしれないけど、コーディネーターのようなアーティストの周辺にいる人は本当にそれでいいのかと考えてしまいました。結局は決定権のないコーディネーターは、それによって起こりえる問題や困難をアーティストに伝え、どのように思うかという意見を述べることしかできないのかもしれません。それが重要かつ必要なことであることを願うばかりです。

みなさまからの感想もお待ちしてます!

yamamoto

2007年7月5日

運動展が終わって。




山本握微による「運動展'007」「方法にホウホウと感嘆するのは簡単なこと」及び「運動会-rehearsal version-」が日曜日をもちまして終了しました。

来場していただいた方、まことにありがとうございました。

通算で約80名の来場があり、初めての展示ということもあり、集客が気になっていたので、ほっとしました。


30日には「運動会」を開催し、Tシャツに託した運動作品を実演する試みが開かれ、来場した方を沸かせていました。


31日にはクロージングと称し、作家が新世界ブリッジの公演に出演していました。

役柄は、ライブ中に水でいっぱいになったたらいを運ぶという役でした。その後ライブ中に再び現れて、こぼした水のお掃除をしていました。


そういえばcontact Gonzoの塚原さんが以前京都芸術センターのダンスの公演に、後ろで作業する人という役で出演したのを思い出し、因果を感じずにはいられませんでした。次は誰でしょうか。


週末にもイベント詰まっております。

土曜15時から今井先生をお迎えしてのレクチャー、日曜の15時からは東京のArts and Lawのディレクター作田知樹氏をお迎えしたレクチャーを行います。


どちらもまだ空席があるので、ふるってご応募ください。


また、現在studio1階で展示されているコレクション展へもお越しください。

日曜休廊で、時間は13:30から21:00です。

詳しくは現代美術センターHPからご確認ください。


宜しくお願いします。



(山下)

2007年6月22日

深夜の搬入。。


先日21日、今日から無事始まった山本握微による個展「運動展'007」「方法にホウホウと感嘆するのは簡単なこと」の搬入がありました。

これまで色々な展示の搬入をしてきましたが、17時間ぶっ通しの搬入は生涯初めてでした。

8時から始まり、私山下とお手伝い現役学生デザイナー二人(後輩)と、握微さんと握微さんの友人の方、そして月曜日から大阪滞在中の作家の藤井さんと、それぞれ別々な作業を延々と続けていきました。
雑然とした空間に「常設作品展示空間」と「喫茶スペース」そして「握微さんの展示空間」を一気に作ろうもんだから、気合が入らないはずがない。

私たちチーム学生は空間作り、握微さんたちは作品制作に没頭し、あるいは雑談し、最初から徹夜の覚悟があったので電気を煌々とつけ、作業に勤しみました。

「悪いけど僕は寝かせてもらいますよ」とニヒルな笑顔で11時頃決意表明をされていた藤井さんの決意も虚しく、押し寄せる荷物と展示用具、不意を突いたゴンゾの塚原さんの訪問と作品設置など、藤井さんの眠りを妨げるイベントは絶え間なく続きました。しかし皮肉にもそのお陰で、私たちとしては、とても仕事が捗りました。
私たちも気を良くして、深夜のテンションに切り替わり、盛り上がっていこうぜと、相成ったわけでございました。

結局朝の5時頃、studio内で眠ることに見切りを付けた藤井さんは、裏のベランダに一人出て、明るくなる空に対抗するかのようにサングラスをかけ、梅雨空の下、ひっそりと眠りにつきました。


握微さんは朝7時頃に会社へ向かいました。

9時頃にはゴンゾの塚原さんと垣尾さんが常設展示のために再来してくださりました。

空間は、何とか間に合いました。
握微さんの作品イメージから派生させた空間は、独特な空気を漂わせています。
お手伝いしてくれた福田さん、梅ちゃん、本当にありがとうございました。
握微さんと江波さんも、お疲れさまでした。
しっかり形にすることができました。



■ 山本握微個展
『運動展’007』『方法にホウホウと感嘆するのは簡単なこと』
会期: 2007年6月22日[金],23日[土],24日[日],29日[金],30日[土],7月1日[日]
時間:13:00-20:00
※30日[土]18:00より「運動会-rehearsal version-」開催
前回の「運動展 ’07」に新作を加え形式を深化させた『運動展 ’007』及び、他の入選作家の方法を利用して過日の入選展を一人で再現する『方法にホウホウと感嘆するのは簡単なこと』を同時開催。また30日[土]には『運動会』と称して作家がライブ形式で作品を実演する(18:00より開演)。



外で眠りについた藤井さんは、具合を悪くし先程東京へ帰られました。
何と言うか、とても申し訳ない結果となってしまいました・・・。
が、展示は本日から!
あいにくの雨ですが、お時間ありましたらお立ち寄りください。

2007年6月18日


先日6月16日、梅田駅からスカイビルへ向かう仮設通路でのcontact Gonzoを見学してきました。今回はそのレビューを書いてみようと思います。


この場所は人が多く行き交う場所であり、Gonzoの最中も人が途切れることは無かった。
私がGonzoを見る際、Gonzoをしている彼らよりも、周囲のリアクションが気になってしまう。
それは彼らがcontact Gonzoとは何かと必死に模索しているのと私も変わらず、それが一体何なのか、その周囲に答えを求めているだけに過ぎないのかも知れない。

しかし、Gonzoを取り巻く周囲の環境や人々のリアクションは、多くのことを私に気づかせてくれる。
この場所は、両サイドをフェンスが塞ぎ、道幅は5メートル程度である。Gonzoは流動的に動くため、しばしば歩く人を立ち止まらせ、その歩行を妨げた。奇しくもこのフェンスにはカレイドスコープの際の作品が描かれてあった。

20代後半の男二人が殴りあう光景を、私は今までまじまじと眺めたことはなかった。
通りを歩く人にも恐らく同じように写るのではないだろうか。それも、私に見えているよりも、より暴力的で危険なものに。
ある人はGonzoの脇を足早に通り抜け、ある人は知らん顔でただただ通り過ぎる。ごく稀に立ち止まって見ている人も居れば、笑いを堪えている人も居た。

どんなに通行の邪魔でも、どんなに視界に入ってくるのが嫌でも、どんなに興味があっても、Gonzoの最中に話しかける人は居ない。
深層心理の中に、巻き込まれる危険性を抱いているのだ。
contact Gonzo本人も含め、誰もがこの行為が何なのか分からずに、そのままcontact Gonzoは続いていく。

私はその周辺のリアクションを観察するうちに、contact Gonzoの謳う「痛みの哲学」「接触の技法」よりも、“面倒くさいものには関わらない”“痛いことは極力避ける”という、現代人の抱える暗黙のルールのようなものが浮き出て来るのを感じた。

誰もがその光景に疑問を感じる。

-何か喧嘩している?
-何してるの、あの人たち。
-おかしいんじゃないの?
-あー、怖い。
-むっちゃオモロい。

しかし、疑問を持ってもcontact Gonzoには近づけない。自分が痛い思いをするかもしれないから。
それなら他人として関わりを持たない方が、明らかに利口だ。
無言でも、その気持ちが見てとれる。

商店街が荒廃し、極力人と関わらずに買い物ができるスーパーマーケットやネットショップが普及してきたように、私生活で人と接触する機会が少なくなった今日に於いて、この周囲のリアクションは現代社会を写す鏡と成り得ている気がする。

contact Gonzoを人が多い場所で行うと、そう見える。あくまでもいち個人の感想であるが。
ただ、見る人を選ぶ行為であるが故、youtubeでの動画配信は、ごく自然で必然的なもののように思う。


「どのくらいの強さで殴ったら怪我するか、知ってますか?」


七九式さんの言葉に、私は何も答えられなかった。



http://www.youtube.com/watch?v=JE6169lckoA
http://www.youtube.com/watch?v=uZvVDuAAbUU


(山下 智博)




■山本握微による「運動展'007」「方法にホウホウと感嘆するのは簡単なこと」の展示が22日からstudioにて開始されます。是非ご来場ください。
2007年6月22日(金)~24日(日) 6月29日(金)~7月1日(日)
open:13:00 - 20:00
※6月30日18:00より「運動会-rehearsal version-」開演(1時間程度)
http://www.kiwamari.org/

2007年6月1日

contact Gonzo @studio

昨日、GonzoさんがstudioでGonzoされたそうです。

http://www.youtube.com/watch?v=xPtDe3Zct4M