project schedule


[studio]での活動は終了しました。
ご来場いただいたみなさん、どうもありがとうございました。

今後、吉原治良賞記念アート・プロジェクト2008では、これまでの[studio]等での活動を元にアーティストが最終計画書を作成し、それをもって審査員による2次選考が行われます。またアーティスト決定後に、別途コーディネーターの審査が行われます。
最終結果は、年明け頃に発表の予定です。

* mixiにもコミュ作ってみました!:吉原治良賞記念AP2008メンバー募集中です。
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2007年10月1日

最終日の様子

とうとう[studio]での活動期間が今日終了しました。みなさん、お疲れさまでした&ありがとうございました。いろいろ反省点はあるのですが、それはまた後日。

最終日の私の大失態は、13時半から握微さんの一人芝居のリーディングがあることを知らなかったことです。(ありえない・・・反省してます。)(実は、昨日も上映会のこと[studio]に到着した時は覚えていたのに、3時近くになるとすっかり忘れていたのです。>ごめん握微さん。)チラシの裏をちゃんと読んでなかったというか、見落としてました。。。
そして急に始まったリーディング。面白かったです。私、全然握微さんのことわかってなかったのかも・・・と思わせる魅力がありました。話は若干ありがちというか、昔見た第三舞台の「トランス」(古い15年ぐらい前)などを思いだしたのですが、演技をしている姿から今まで知っている握微さんとは違う面を垣間見れてドキドキしたといいましょうか・・・

そして3時からの『桃から生まれた「ももやまぶんこ」―児童図書館の意義と方法―』。
わたしたちは何で今あるものをもっと大切にして活用しないのだろうと思います。古くなったもの儲からなくなったものなどいらなくなったものを簡単に切り捨てていきます。そんなことを繰り返していても、結果は同じなのに。
この日のお話で「ももやまぶんこ」のような活動の意義を社会に伝えていくことこそ、コーディネーターの使命なのではと思ったりもしました。単純に古いものがいいとかは思わないけれど、「ももやまぶんこ」の活動は残していく価値のあるものです。少なくても、私は今、自分ちの近くに「ももやまぶんこ」があったら絶対に利用すると思うので、新しい形でも再開できること祈ってます。

6時からは、運動会がありました。運動会というタイトルなので、普通に運動することを想像しているとそれは全く違います。この日は、コンピューターをプロジェクターにつなぎ、握微さんがそれを操作しつつ進めるレクチャー形式でした。運動展に展示されている作品の中から、それを実際に体験します。文章だけで読んでいたものを実際に写真や音として確認できる。握微さんの文章を読んでいると、そのもの自体を見たくなります。あんまりおもしろくなさそうと思うものも中にはありますが、でも想像力をかきたてられます。想像することろが醍醐味なので、運動会で実際に見るとどうなのかなぁと思っていたのですが、面白かったです。でももしかしたら、見なくても充分面白いと言えるものがいいのかもしれません。

その後、行われたのが改名式。山本握微、改メ、ら、改メ、異常人ら。山本握微という名前の由来から、"ら"を経由して"異常人ら"になった経緯。握微さんは自分が、すねていることを認めているので、もう何も言うことはありませんが、やっぱり元に戻したらというのが私の感想です。どの名前も同じ構造を持っているというようなことをおしゃっていたと思うのですが、だったらなおさら、もう握微ファンもいっぱいるしもったいない。とりあえず、名前を変えるというのはめちゃくちゃ面倒くさいことだけは確かです!(私、夫婦別姓賛成派です。そして山本という姓を案外気に入っているもので。)どっちかっていうと、"山本ら"とかの方が"他一(ほかはじめ)"さん(前日の天野天街さんが教えてくれた芸名)に近い気がします。

と、いろいろありましたが、無事に終了。いたらぬ点は多々ありましたので、また改めて感想を書きます。10月はとりあえず、充電期間。やっと休める・・・

2007年9月29日

方法の芳香

今日の午後は、15時過ぎから「若い時に書いたものなのでとてもはずかしい」と天野さんがしきりにおしゃっていた『自由ノ人形』(少年王者舘、2000年、VHS)の上映会を行い、18時からレクチャーを行いました。

最初、天野さんも緊張してらっしゃったようですが、徐々にほぐれてきた感があって、よい雰囲気に。貴重な映像作品も見ることができてお得感満載でした!

「方法の芳香」というタイトルで行われた今日のレクチャー。握微さんがこだわる<方法>というのは、オリジナリティが純化した結果、様式となったものなのかなと私は思っています。最近、人間国宝の方にお話をうかがう機会があったのですが、その時に感じたのと同じことを今日も考えました。ものをつくる、何かを表現するためには、何かしら技術や方法が必要です。もちろん、その技術や方法は人の真似でも独自に開発したものでも何でもいいと思うのですが、その上で、自分自身とは何か、オリジナリティとは何かを深く追及する瞬間が来ると思うのです。それが作家にとっては表現をする上での別れ道、あるいは壁となるでしょう。普通は。
しかし、最初から普通芸術を標榜している握微さんにとって、自分自身やオリジナリティなど関係のない話で、逆に邪魔になるだけなのかもしれません。ということがオリジナリティとなっているところが、アキレスと亀のように終わりがない感じがします。
「自分がどうしたいのか」ということを見極めること、そしてその上で天野さんがおしゃっていた「私が在るということ」(要するに自分自身とは何かということ)に自覚的にならなければ、真の方法(オリジナリティが純化した結果、様式となったもの)は生みだされないのではないか、と思いました。

今日のお話から、天野さんは無意識や偶然から得た方法を使われる時はなかり意図的に、意識的にしていらっしゃるように思いました。それでなければ、やはりあれほどの世界観は作れないのかもしれません。

終了後は、会場に来ていただいた方々も含めみんなで天野さんを囲んでで飲みに繰り出しました!(私は残念ながら行けませんでしたが・・・・)どんなだったか聞くの楽しみです。


明日は、握微さん展示最終日、そして[studio]の最終日でもあります。長かったのか短かったのかよくわかりませんが、いろんなことを思った半年でした。明日もイベントたくさんあります。ぜひお立ち寄りください。

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レクチャーしなくちゃ vol.6「桃から生まれた「ももやまぶんこ」―児童図書館の意義と方法―』があります。
日 時:9月30日(日) 15:00-16:00・申し込み不要
会 場:[studio]
講 師:中谷邦子氏(ももやまぶんこを支える会代表)
    根岸伴子氏(元ももやまぶんこ司書)※予定

大阪市阿倍野区に、「ももやまぶんこ」という児童図書館がありました。
25,000 冊を超える蔵書や、定期的に開かれるおはなし会、そこで生まれる子ども同士・親同士の交流など、小さいながらも充実した空間として33年に渡って地域に親しまれてきました「ももやまぶんこ」は、2004年に建物の老朽化に伴い閉館し、現在では有志による「ももやまぶんこを支える会」が、図書館の再建に向けて活動しています。
レクチャーでは、地域に根差した児童図書館は何故必要なのか、公共の図書館との違いは何か、蓄積された蔵書と人の財産を散逸を抑えるためにはどのような方面に支援を要請するのかなど、芸術活動支援とはちょっと違う「子育て支援施策」といった視点から、「ももやまぶんこを支える会」の現在についてお話を伺いたいと思います。子育てに関心のある方、是非ご来場ください。
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18時から運動会、20時からクロージング・パーティーです。

キタル 天野天街氏

今日は、公開レクチャー「方法の芳香 ─天野天街氏を招いて─」があります。レクチャーいっぱいあって、訳がわからなくなってきていますが、これが吉原AP独自の最後のレクチャーになります。

4月からずっと5組の入選作家のみなさんとミーティングをしてきましたが、現美センターからレクチャーを企画するように言われた時に、「どんな人に話を聞きたいですか?」と聞いて「天野天街!」と即答されたのは、握微さんだけです。もう他はない、という感じで希望を聞いて実現に漕ぎつけたのが今日です。若干、緊張気味の握微さん。どんなお話が聞けるか楽しみです。

2007年9月25日

ラストスパート

今週末は、山本握微、改メ、ら、あるいは異常人らさんの『運動展 2007 ─棚卸─』が行われますが、それと並行して多数のイベントも開催されます。こちらもどうぞよろしく。

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28日(金)
18:00- オープニング「運動展でうどんを食べる」
19:00- レクチャーしなくちゃvol.5「{完全/運動/普通}ノ芸術」 山本握微

29日(土)
15:00- 天野天街氏演出舞台映像、上映。
18:00- 吉原治良賞記念アートプロジェクト主催公開レクチャー「方法の芳香」 天野天街氏(少年王者舘)

30日(日)
15:00-  レクチャーしなくちゃvol.6「桃から生まれた「ももやまぶんこ」-児童図書館の意義と方法-」 ももやまぶんこを支える会
18:00- 運動会

20:00- 吉原治良賞記念アートプロジェクト・クロージングイベント
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最終日は、クロージング・パーティーを行います。お世話になったみなさんや関係者が大集合(のはず)。ぜひお越しください。差し入れ歓迎です!

2007年9月24日

妙な3連休

摩訶不思議イベントが続いた連休でした。

日曜日に行われたcontact Gonzoの式典では、賢者のみなさんに書いていただいたGonzoとは何かという法典が、Gonzoがおこなわれる中、読み上げられました。聖地の真ん中で、とっても激しい4人(!)のGonzo、なかなか見応えありました。少し遠くで離れて見ていても、バシっとか、ウッという音や声が聞こえてきます。飛び蹴りをしているところとか、エっ?という感じで見ている方が一瞬固まってしまうぐらい美しいところもあって興味深かったです。
ただ、Gonzoは「人に見せる」ことを第一にしているわけではないので、パフォーマンスとして完成されているかというとそうではないと思うのです。もちろん彼らもそのことをちゃんと自覚していると思うのですが、、、
過剰な演出ではなく、あくまでナチュラルで牧歌的な雰囲気を好むGonzoの今後、どうなるのでしょうか。気になります。

そして、昨日は、[studio]にてレクチャーしなくちゃの第4弾「物語の居場所」が行われました。講師は有限会社ブリューナクの代表取締役でライターの真弓創さん。握微さんとは、携帯小説の執筆者、その取りまとめ役として知り合われたそうです。確かに最近、本は売れなくてってきていると聞きますが、それは携帯小説やゲーム、ブログなど、別のメディアが出てきたからというわけでもなさそうな気がします。真弓さんからうかがった携帯小説における傾向、書籍化されるプロセスやその読者など、興味深いことたくさんありました。美術の居場所ってどこにあるんだろうというのは日々考えることですが、物語、小説などの居場所を考えてみるのは、新たな発見がいくつもあって個人的にはとても面白かったです。そして、本という形態にはやはり抗いがたい魅力、握微さん風にいうと魔力があるということ。確かにそうだなと思いました。何か文章を書いている限り、やはり書籍にして出版したいといいう気持ちがあるというのも、とてもよくわかります。これだけ、いろいろなメディアが普及しても、なぜか出版にはステータスがあるのです。物質として残るからなのでしょうか。

2007年9月23日

レクチャーしなくちゃ vol.4「物語の居場所」

そして続いて、月曜日には、山本握微さんのレクチャーしなくちゃシリーズの第4弾が行われます。こちらもぜひお越しください。

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公開レクチャー:レクチャーしなくちゃ vol.4「物語の居場所」
日 時:2007年9月24日(月・祝) 15:00-16:30・申し込み不要
会 場:[studio]
講 師:真弓創(有限会社ブリューナク代表取締役、ライター)

芸術表現において、言葉を用いる「文芸」は各種の造形とは違う方法と経路で流通し、消費されています。また言葉は本質的に「情報」であり、生の実体が特別な意味を持つ造形と、ある一線を画していると言えるでしょう。
元来、複製に適した性質を持つ文芸ですが、それ故に新しい媒体や技術の登場によってその在り方も大きく変化していきます。少し前には「活字離れ」とも嘆かれもしましたが、現在では誰もが携帯電話などの端末で自在に文字を扱い、ネットワークを介して書き手と読み手の距離は縮まりつつあるようです。
レクチャーでは、こうした状況の中でクリエイティブワークを展開する有限会社「ブリューナク」の代表取締役であり、ライターの真弓創氏をお招きし、「携帯小説の現状」「メディアの著作権」「ビジネスとしての物語というコンテンツ」などについてお話を伺いたいと思います。
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contact Gonzo式典(法典を待つ日没)

金曜日の西川勝さんを招いてのトークは非常に面白かったそうです。私、私用が重なり失礼したしまったのですが、残念!終わった頃に電話すると「今、西川さんと塚原さんがGonzoしてるところ。」というお返事が。。。気になります!またレポートお願いします。>山下さん

そして今日は、もうひとつの重要イベント「認定式」があります。

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日 時:2007年9月23日(日)日没より、contact Gonzoの聖地にて

contact Gonzoとは何か?という自らの問いに対するアプローチの一つとして、賢者との対話や、これまでの活動の中から暫定的に浮かび上がったcontact Gonzoの定義を回収し、纏め、法典化させる式典をcontact Gonzoの聖地にて執り行います。12人の賢者・知人たちに動物の毛皮などを送り、そこにGonzoの定義を書き込み、聖地に持ち寄っていただき、それを法典の第一章として納めます。
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日没、聖地と、これでどれだけの人がたどり着けるのか若干謎ですが、ぜひ来てください!聖地は、北区扇町にある公園です。キッズプラザ大阪が隣接しています。
今日の大阪の日没時間は17時54分。これぐらいに[studio]での展示を終え、みなで移動します。場所がわからない時間もわからない・・・と不安な方はこの時間までに[studio]にいらしてください。一緒に参列しましょう。

2007年9月20日

「それはあるいは自明のこと」

今、明日からはじまるcontact Gonzoの搬入の様子をさぐろうと、[studio]にやってきたのですが、相変わらずの雑然っぷりに少々呆然としてしまいました。。。
また冷蔵庫とか動かして、この人たちはいったいどないレイアウトするつもりやろう・・・・そしてあの丈が足りてない暗幕のはり方はいったい・・・・???などなど疑問&不安が心をよぎります。

ご本人たちは、本日夕方から来て仕上げる予定と私は認識していますが、もしかしたら、これが完成形なのかとおもわせるところもあって、悩みます。いい意味でも悪い意味でも、Goznoは展示という枠を飛び越えていく人たちなので。

明日からの展示&パフォーマンス期待しましょう。

初日の明日はトーク・セッションも行われます。

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トーク・セッション:「それはあるいは自明のこと」

2007年9月21日(金)18:30-20:30
会 場:[studio]
定 員:30名(要申し込み・9月3日より受付・定員に達し次第締め切り)・無料
ゲスト:西川 勝氏(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任准教授)
モデレーター:甲斐 賢治(NPO remo 代表理事 / NPO recip 理事)
申し込み TEL:06-4790-8520

自らを定義付けするため「賢者との対話」を望んできたcontact Gonzoが、看護師と
して医療の現場で多くの患者の「痛み」に「接触」してきた経験を持つ臨床哲学者・
西川勝氏を賢者として迎え、「Gonzoとは何か」をテーマにト-ク・セッションを展
開します。「痛みの哲学/接触の技法」をキイワードに活動を続けるcontact Gonzo
は、痛みの現場を哲学する西川氏の目に、どう映り、いったい何が見いだされるので
しょうか。
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痛みとかひとの温かさや生々しい感触って、現代社会においてはリアルなものとして意識する場面は案外少ないように思います。だからこそ、今なぜGonzoなのかを考えてみるのはとても興味深いと思います。医療現場という美術や芸術とは一見遠く離れた世界からの賢者が見るGoznoとはどんなものなのでしょうか。展示と併せてぜひお越しください!

2007年9月16日

マジックテープの威力はいかに?



金曜日に行われたオープン・ミーティングでは、本当に会議っぽく<グルーヴチューブ>の今後について意見交換が行われました。

パラモデルは[プラレール」などの既存のおもちゃを使った作品をこれまでもたくさん作っていますが、自分たちで素材となるシステム自体を作ってみたいと考えて、試作したのが<グルーヴチューブ>です。アートカレッジ神戸、大阪府立現代美術センターでの入選展、国際芸術センター青森での展示を通して感じた問題点や課題について、ゲストに意見を聞いたりアイデアを出し合ったり・・・

<グルーヴチューブ>は発砲スチロールでできており、その発砲の金型をパラモデルの林さんはお父さんにお願いして製作してもらっています。発砲自体は、軽く、質感も気に入っているとのことですが、今の状態だと結合部分にかなりの問題があります。インスタレーションを作成するときに、自重でねじれたりはずれたり。。。現在は発砲の部分に穴が開いていて、そこにダボを差し込んでつないでいくという方式をとっていますが、それだけでは弱く、結合部分をビニールテープで巻いています。

これを解決するべく、パラモデルから新しい結合方式(ネジ式)の提案が行われましたが、下田さんの「構造的に無理やね」と一言であっさり却下。新たな方式としてマジックテープをすすめられました。私が聞いていても、マジックテープがいいかも!と思うほど、マジックテープの利点はパラモデルのインスタレーションには最適です。さっそく試してみるというこで、どうなるのかまた結果が楽しみです。

そしてもうひとつの課題、製品化についてですが、こちらはかなり難しく、、、、発砲という素材、収納に場所を取る大きさ、具体的なゴールがあった方がいいのか、何もつくれない何もできないという方が逆にいいのかなど、課題山積みです。
角田さんもおしゃっていましたが、「おもちゃ的には、いろんな制限があると無理」というのは当然で、こうでしかできない、という条件があると創造性にも広がりが出ず面白くありません。とりあえず、パラモデルが見本となるような、他の人がやってみたいと思わせる作品を作ることが重要であるということがよくわかりました。

他にもプラスチックの金型のこと、加熱と冷却にノウハウがあることなど、興味深いお話たくさん聞けました。
角田さんがデザインされた「パイプロイド」というおもちゃ([studio]にも展示中)は今年大きな賞の受賞が内定されたそうです。
<グルーヴチューブ>がここまで達するには、まだしばらく時間がかかりそうですが、何となく道筋が見えてきた感じのするミーティングでした。

私、個人的には、植物を支持体にしてみるとどうなるんだろう・・・と思ったりもしました。それでおしゃれで役立つんだったら、インテリアとして売れるかも。もはや、おもちゃじゃないけれど・・・

2007年9月14日

ぼくらのおもちゃ生産工場

今日から、パラモデルの展覧会「ぼくらのおもちゃ生産工場」がはじまりました。
また今までの展示にはなかった感じに仕上がっています。今日から日曜日までの3日間だけですので、時間をみつけてぜひお越しください。

今日は夜からオープンミーティングもあります。株式会社コトの角田さんにお越しいただくのですが、[studio]にはコトの「ひねもす」と「パイプロイド」いうおもちゃも展示されています。私は以前でき上ったおもちゃを見たことはあったのですが、作る道具を先ほど初めて知りました。なんだかおもちゃから想像するよりずっと本格的な機械っぽくて驚きました。
クリエイションコアの下田さんもとてもおもしろい方です。もの作りのこと話し出したら止まらないのですよ。楽しみです。

2007年9月12日

次はパラモデル

今月は、毎週末展覧会とイベントが繰り返されます。
今週末はパラモデルが登場します。

展覧会初日の金曜日には、オープンミーティングも開かれます。
ぜひお越しください!


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オープン・ミーティング:「僕らのおもちゃ生産会議」
2007年9月14日(金)19:00-20:30
会 場:[studio]
定 員:20名(要申し込み・9月3日より受付・定員に達し次第締め切り)・無料
ゲスト:下田正憲氏(財団法人大阪産業振興機構・ものづくり支援部参事)
    角田 崇氏(株式会社コト 開発部チーフデザイナー)
(申し込み TEL:06-4790-8520)

アーティストと町工場やものづくりに関わる企業が、商品の共同開発を通じて共生していくことは可能なのだろうか。このオープン・ミーティングでは、パラモデル考案のグルーヴチューブの商品化に向けて必要な要素やプロセスについて、大阪のものづくりの現場を支援してこられた下田正憲氏と、玩具開発・販売に関わる角田崇氏を交えて話し合います。またその中から、現代のアートと企業が互いにニーズを見いだし、手を結ぶ新たな関係構築の可能性を探っていきます。
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2007年8月31日

芸術の意味

8月29日(水)の夜に、山本握微さんの「レクチャーしなくちゃvol.3」が開かれました。
今回は、同じく吉原AP入選作家である藤井光さんを招いてメディア・アートについてレクチャーを受けたあと、芸術とは何かについて、握微さんとの討論がなされました。


前半の藤井さんのレクチャーでは、ヨーロッパを中心としたアーティストの紹介等が行われました。バンクシーやThe Yes Men、比嘉豊光、IRWINなどが取り上げられてました。メディア・アートとして普通、例にあがるような作家さんたちというより、藤井さんの好みが表れたラインナップで興味深かったです。
(ちなみにIRWINは2003年に京都に来ていて、私はその時コーディネーターだったのでとても懐かしく思い出しました。)

芸術とは、アートとは何かというテーマは、アーティストにもそれらに携わる人にとっても、ずっと心に中にあるものだと思うのですが、それに対してどのような形であれ答えようとする姿勢というのは忘れてはいけないなぁと改めて思いました。基本中の基本ですが。

昔、尊敬する先生に「芸術の意味とは何でしょうか」とものすごく短絡的に聞いた時に、「自分の感覚を広げてくれるものでしょう。温泉につかっていい気分の時に、自分の体が溶けて世界の果てまで広がっていくような感覚。芸術は、そのような感覚をもたらせてくれるものだと思う。」と答えてくれました。これだと温泉も芸術か、ということになりそうですが、多分、そうなのでしょう。というか、別にそれでもいいと今は思っています。ひとが決める芸術の範囲なんてたかが知れているので、その時から私はあまり深刻に悩まなくなったのですが、真剣に考えることは大事だなと今回のレクチャーを聞いていて思ったのでした。

吉原治良が言った「ひとのまねをするな」はとてもキャッチーでよいスローガンになると思うのですが、ひとのまねをしないことが本当に可能か、真のオリジナリティがどこにあるのか、は永遠のテーマかもしれません。これについては、またちょっと考えてみたいと思います。それがアートとは何か、を考えることにも通じているように思うので。まとまってなくてすみません。

また藤井さんの「芸術裁判」プロジェクトは新しい局面をむかえているようです。これも、裁判をおこすことの意味は、芸術とは?アートとは?を社会に問うことにあるのかもしれません。また詳しくは後ほど。

2007年8月28日

ほねっこ食べて・・・明日のレクチャー宣伝文。

山本握微、改メ、ら氏より明日のレクチャーの宣伝文が届きました。
明日、ぜひお越しくださいませ!

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 僕は毎日、朝起きて、ほねっこ食べて、芸術について考え、ぱーっとして、ほねっこ食べて、芸術について考え、あくびして、ほねっこ食べて、芸術について考え、お出かけして、ほねっこ食べて、芸術について考え、テレビ見て、ほねっこ食べて、芸術について考え、なんや今日疲れたなあー、と芸術について考る、といった生活を繰り返している。それくらい、芸術について考えているのだから、既に深い知見を会得していても良さそうなものだが、記憶力の悪い僕にとってその時間の大半は、忘れてしまったそれまでの思考を思い出すことに費やされ、目立った進歩はない。踏台昇降運動の如く。

 それはともかく、「芸術とは何か」を問い、解き、説くことは僕にとって魅力的なことだ。芸術作品を制作したり、鑑賞するよりも。ところが、意外にも世間はそうではないのか。場合によっては愚問と扱われたりもする。

 何故か。ほねっこ食べて、その理由を考えてみた。取り急ぎ思いついた3つ。

 芸術とひとくちに言っても、色々あるのが原因のひとつか。アーティストといっても、おいは造形、あちきは写真、といった具合に、何かしらのジャンルに所属している。それについて考えるだけで充分だ。造形も写真も、それだけで考えきれないほど、考えるべきことがある。そちらの方が、より具体的で有意義かもしれない。それに較べると、芸術についてのみの思考は抽象的過ぎる。

 芸術が高尚とされているのもそのひとつか。芸術が、本当に高尚かどうか、これは大いに考えるべき問題で、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。最近、ほねっこ食べて僕が思うところ、これまで芸術は高尚ではない派だったが、高尚派に転向しつつある。でもまあ、真実はわからない。ただ、何故か芸術は高尚であると一般的に認知されている。俺は高尚だぜ、という言説で芸術を高尚とするのはいいのだけれど、ちょっとイラつくのは「僕のやることは芸術なんて大層なものではなく……」という自分を謙虚な文脈に置くために芸術を高尚に祭り上げる、というパターンだ(なので、芸術は低俗、と言う人は、自分の表現を芸術と言うので、高尚派と本質的に何ら変わりは無い)。話は逸れたが、高尚ゆえに「芸術とは何か」という問いは、忌避されやすい。

 あと、高尚ともちょっと関連しているのだが、芸術は、自然にやるってのが、ひとつの倫理とされていることだ。作為をみだりに匂わせてはならない。気付いたら絵を描いてました、というような。僕が「普通芸術」って言葉を使うと、「ええ、芸術は普通ですとも。私にとって表現は必然であり、ごく普通のことです」と得意そうに返す手合いがいる。こうした連中は、「芸術とは何か」について積極的に問おうとはしない。僕は決してそうした意見に反対しているわけでもなく、確かに芸術は自然にやるべきものかもしれない。ただ、そうではないかもしれない。

 何の話だったかな。ほねっこ食べて、そうそう、「芸術とは何か」という問いは、何故世間ではそんなに発せられないのか、その理由だ。そういうことかもしれない。いやいや、僕が知らないだけで、巷は芸術とは何かという話題で持ちきりかもしれない。

 さて、だからこそ、レクチャーしなくちゃ。3回目の講師は、メディア・アーティストの藤井光さん。藤井さんのプロフィールについては、吉原治良賞公式サイトなどでご確認ください。

 まず、藤井さんに「メディア・アート」とは何かを、海外の事例、及び藤井さん自身の作品を紹介していただいた上で、講義してもらいます。日本で、メディアアートというと単に、コンピューターやモニターなど、かつての絵筆や写真機に比べて新しい技術や機材を用いた表現、という風に僕も解釈していましたが、本当はそれだけじゃないみたい。
 続く後半では、いよいよ「アート」とは何かに迫ります。藤井さんの講義に、僕が抗議する形で進行するかもしれません。どういう風に話が落ち着くか、これはまだわかりません。ただ、キーワードは「を、も、作品とする」になるかもしれない。
 もうすぐ電車が会社の最寄り駅に着くから、ほねっこ食べて、妄想で言い切りますが、既に多種多様極まる現代の芸術を、しかし芸術作品たらしめているのは、飽くまでクラシカルな制度でしょう。わかりやすく言えば、どんな行為でも、それが美術館に陳列される絵画と思う。そのように扱う、批評する。どんな行為「を、も、作品とする」。
 「を、も、作品とする」はしかし、飽くまで、芸術家が嫌いそうな「制度」を地盤とする。「を、も、作品とする」でいいのかな。寧ろ戦略的に、そうした方がいいのかな。そんなことあたりから、藤井さんにお願いしたいと思います。

 もう、電車は着いて、駅のベンチ。会社へ戻ります。とにかく、面白い話が聞けそうなので、是非ご来場くださいませ。

「芸術とは何か、とは何か、とは……とは……はと、アートとは何か」

山本握微、改メ、ら氏の独自企画、レクチャーしなくちゃvol.3が水曜日に開催されます。

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レクチャーしなくちゃ vol.3 「芸術とは何か、とは何か、とは……とは……はと、アートとは何か」
日時:8月29日[水]19:00~(90分予定)・申し込み不要 
会場:[studio]
ゲスト:藤井光 (メディア・アーティスト、「吉原治良賞記念アートプロジェクト
2008」入選作家)
進行:山本握微(普通芸術家)

3回目となる「レクチャーしなくちゃ」では、山本と同じ入選アーティストである藤井光を講師として迎えます。
新しい技術や機材を用いた表現、という狭義のメディア・アートではなく、各種の社会制度を内外から実践的に問う「メディア・アート」を、藤井の作品や海外の実例を紹介しながら、掘り下げていきます。その上で、より普遍的で有用な「芸術とは何か」という定義を、改めて模索していきます。


藤井光
「吉原治良賞記念アートプロジェクト2008」参加アーティストの一人。全国の自衛隊駐屯地を前にビデオカメラを構えるパフォーマンス及びその記録映像『飛行少年死す』を「証拠」として、『芸術裁判』の実現を検討中。本プロジェクトでは既に、作田知樹(Arts&Lawディレクター)、森達也(ドキュメンタリー監督、作家)をそれぞれ招いた、公開レクチャーを開催。


山本握微(2007年8月23日より山本握微、改メ、「ら」)
1982年堺生まれ堺育ち、現在会社員。メタシアター専門「劇団乾杯」(作、演出など)、普通芸術「キワマリ」(運動展など)、おはなしや「今地球堂」(街頭紙芝居など)等で活動。現在、共有作業室「台美術」(南森町)が拠点。
キワマリ http://www.kiwamari.org/

2007年8月23日

思い出すことに他ならない

2007年8月18日

山本握微 独自企画「レクチャーしなくちゃ」
第二回 思い出すことに他ならない
ゲスト 益山貴司氏 
劇団「子供鉅人」主宰にして、谷町6丁目にある路地裏長屋カフェバー「ポコペン」の名物マスター。

本プロジェクト入選作家の山本握微と同年齢であり、演劇という共通項で結びついている二人が「場」をキーワードに対談をしました。
「場」というテーマは、『益山氏の劇団、子供鉅人は、決して「様々な場所で演劇しよう」ということをコンセプトに活動をしているわけではない。僕は彼の劇団を旗揚げから観てきたが、「色んな場所で演劇してるな」と感じたこともない。だが、気がつけば、手を変え品を変え場も変えて、舞台を作っている。』という山本の言葉が裏付けるように、益山氏の表現活動に大きく関わっているように見えます。その実態を探り、多くの表現者の悩みの種である「場」について益山氏の話を伺うことがこのレクチャーの目的でした。

まず、益山氏のいでたちとキャラクターに、その場の誰もが引きつけられた。甚平を身にまとった益山氏は、独特の砕けた喋り方で、テーマに関係あること無いことを多く語ってくださいました。

「場」については、特に意識せず、人と人との繋がりで、同時に巡り会わせでしかなく、それこそ必然的にそうなっているということでした。知っている劇空間が南森町の家の近所にあるプラネットステーションで、そこから人に紹介されながら様々な場所を渡り歩いて、今のポコペンに辿り着いたそうです。自由人を思わせるその風貌と、人当たりの良い雰囲気から、そういった必然性は、妙な説得力を持っていたように思えました。

そこから話はタイトルにあるように「思い出すことに他ならない」から派生し「思い出す」ことについてに移っていきました。このタイトルは益山氏の言葉の引用です。山本が言うには、劇作を指しての言葉だそうです。

「思い出す」ことはごく自然に行われている行為です。しかし思い出すためには、装置が必要です。当時の物や事、事件など、その装置は様々です。ここでは様々な話題が飛び交いましたが、印象的だったのは在日コリアン4世である益山氏が幼少期から体験し、当たり前だと思っていた「韓国流の法事」についての話についてでした。

日本の法事とは違い、物凄い数の料理が食卓に並び、先祖への経緯を表す韓流の法事は、親族の誰もがそこに見えない先祖をあたかも存在しているように扱うらしく、その行為に益山氏は子供ながらにショッキングだったとのことでした。
益山氏はそこにもしかしたら自分の演劇のルーツがあるのかも、などと笑いながら話していましたが、個人の生まれた時代や取り巻く環境、それこそ「場」が、人格の形成に大きく影響するのだなと、改めて実感できました。

本プロジェクト審査員の芹沢氏もお見えになり、アフタートークも楽しく過ごすことができました。ご来場くださった方々に感謝の意を申し上げます。

さーて次回「レクチャーしなくちゃ」は
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8月29日(水) 19:00~(90分予定)・申し込み不要
会 場:[studio]ゲスト:藤井光 (メディア・アーティスト、「吉原治良賞記念アートプロジェクト2008」入選作家)
進行:山本握微(普通芸術家)

3回目となる「レクチャーしなくちゃ」では、山本と同じ入選アーティストである藤井光を講師として迎えます。新しい技術や機材を用いた表現、という狭義のメディア・アートではなく、各種の社会制度を内外から実践的に問う「メディア・アート」を、藤井の作品や海外の実例を紹介しながら、掘り下げていきます。その上で、より普遍的で有用な「芸術とは何か」という定義を、改めて模索していきます。
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沢山のご来場をお待ちしております。

益山氏は現在劇団のヨーロッパツアーに行っております。ご無事と成功をお祈り致します。


(山下)

2007年8月18日

「思い出すことに他ならない」 って何を?何が?

明日、[studio]にて、山本握微さんのレクチャーしなくちゃvol.02「思い出すことに他ならない」が開催されます。
表現活動と場所の問題は、きってもきれない関係にあります。軽やかにそれらを越えて活動する人には、きっと素敵な魅力があるに違いないと思います。明日のレクチャーは、その魅力を体感し、私達に与えられた[studio]という場所をあらためて考える機会になるでしょう。まだまだ暑い日が続きますが、ぜひお越しください。[studio]はもちろん冷房完備です!

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山本握微レクチャーしなくちゃvol.2「思い出すことに他ならない」
 日時:8月18日[土]17:00~(90分予定)・申し込み不要 
 ゲスト:益山貴司(劇団「子供鉅人」主宰、カフェバー「ポコペン」店主)
 モデレーター:山本握微(吉原治良賞記念アート・プロジェクト入選作家)
 内容:劇団の主宰として脚本と演出を手掛ける傍ら、長屋カフェバー「ポコペン」の
  名物店主として親しまれ、さまざまなイベントを手掛ける益山貴司氏をお招きします。
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以下、握微さんによる紹介文。

演劇が行われる場所は、必ずしも屋内の、上演設備の整った劇場に限らない。野外で行われることもあるし、カフェで行われることもある。本来は造形を展示するためのギャラリーで行われることもあれば、音楽を演奏するためのライブハウスで行われることもある。
 そんな知った口をきくと、言われるまでもなく知ってらい、と多くの方に思われることだろう。昨今の多用な劇団を眺めてみれば、そんな公演形態は珍しいことでもなんでもない。しかし、改めて感心したのは、次のレクチャーでお呼びしている益山貴司氏は、自身の主宰する劇団で、今挙げた場所は全部、公演経験があること。氏の経歴を整理していて、その意外な網羅っぷりに驚いた。
 しかし、氏の劇団、子供鉅人は、決して「様々な場所で演劇しよう」ということをコンセプトに活動をしているわけではない。僕は彼の劇団を旗揚げから観てきたが、「色んな場所で演劇してるな」と感じたこともない。だが、気がつけば、手を変え品を変え場も変えて、舞台を作っている。
 しかも上述のカフェとは、自身が経営するカフェだ。谷町六丁目駅を降りた、路地裏の奥にある長屋。このカフェが氏にとっての生計の手段でもある。また、それ自体が表現の場であるだけでなく、その場で交わされる出会いが、別の場を誘う。
 8月下旬にはヨーロッパでのツアーも控えている。
 何かしらの表現活動をしている人にとって、最初に、或いは最後に問題となるのは「場」である。お金が沢山かかるかもしれない。悩みの種であり、また作品の根本を決定しかねない問題だ。氏は、どうやって場と関わってきたのだろう。そんな話を伺いたい。
 でも、それは氏にとっては大層な問題でもないかもしれない。以前、彼はチラシか何かで劇作を指して「思い出すことに他ならない」と書いていた。思い出す、とはごく自然なことだ。彼は他人と他所の記憶も思い出そうとする。
 吉原治良賞記念アートプロジェクトには「studio」という期間の定まった場がある。僕は、ここで何を思い出すことができるのか。取り合えず、氏を招いて、レクチャーしなくちゃ。

2007年8月15日

クリエイションコア東大阪


山本です。
昨日、パラモデルと一緒に「クリエイション・コア東大阪」に打ち合わせに行きました。以前、一度おうかがいしたのですが、具体的なことが見えてきたので内容を詰めに。昨日もまた、いつもお世話になっているものづくり支援部参事の下田さんからいろんなお話うかがえました。
下田さんは、先日までロケットを打ち上げるためにフランスに行っていたそうです。クリエイション・コアでは、独自にロケットを開発中で、数年後には宇宙に!という計画があります。写真をいろいろ見せていただきながら、ロケットに絵を描いてみないかということになり、来年はパラモデルも協力したロケットがうちあがるかもしれません!

パラモデルが生まれ育った東大阪は、ものづくりの町と言われていますが、「ものづくりちゃう、加工の町になってしもた」というのが下田さんのお言葉。クリエイション・コアは、ものづくりに対する危惧からそれらを支援するためにつくられた施設です。今回のパラモデルのプランでは、入選展でも披露された新しい素材<グルーヴ・チューブ>を実際にもっと使いやすく改良し、製品化するためにはどうしたらいいのかを考えるオープンミーティングを開きます。パラモデル、下田さん、株式会社コトというおもちゃメーカーの方を招き、9月14日(金)19時から。
これまでの吉原APのアプローチとはまた違ったものになりそうです。

写真は、去年打ち上げたロケットを見ながら下田さんから説明を受けるパラモデル。

2007年8月11日

希望のひかり

今日で「アーティストの夏休み」展終了しました。見に来てくださったみなさん、手伝ってくれたみなさん、楽しんで作品を作ってくださった作家のみなさん、どうもありがとうございました。反省することもいろいろありますが、なんだか私も楽しめてよかったです。また感想は、できるだけ書きます。紹介できていない作品もあるので、それらについても言いたいことがあるのです。


で、

最終日の今日は山本握微さんの自主企画「レクチャーしなくちゃvol.01 普通芸術家『池上宣久』」も行いました。こちらも暑い中、たくさんのご来場ありがとうございました。池上さんのお話、とても面白かったです。人生における転機とか決定的な出来事って、自分のことじゃなくてもやっぱり本人から聞くと面白い。特に池上さんは、人生楽しく生きる術をよくご存じで、それを無理なく体現されているのが伝わってきて、聞く方もとてもリラックスして話をうかがうことができました。突然、詩を朗読される様子には、若干面喰いましたが、「波平の毛」とかインパクト充分。吉原アーティストのみなさんも、あれぐらい益々突き抜けてほしいものです。(小希望)

2007年8月10日

山本握微自主企画第1弾

明日、展覧会の最終日です。夏休みのように本当にあっというまですね。
最終日を飾るイベントとして、16時半からアーティスト・トークと、15時から山本握微さんのトークがあります。握微さんのトークでは「普通芸術」を体現している池上氏を招いてお話をうかがいます。
普通芸術って、普通と芸術はそんなに相容れないものなのかしら、と主婦の私は思ったりもしています。私は自分のことをいたって普通と思っているのですが、わざわざ普通芸術を標榜すること自体が、もしかしたら、芸術を普通から遠ざけているのでは・・・なんて質問をしてみようかしら。わざとそうしているのなら、とてもアーティスティクですよね。そこが握微さんの謎であり、魅力でもあるのかしれません。
アーティストってみんな自分の中に何か葛藤とか相反するものを抱えているように思うのですが、この人の場合、それがとてもわかりにくいのです。要するにそれが、普通と芸術であるなら単純ですが、おそらく違うというのが私の直感です。これを明日確かめることができるのでしょうか。。。


■山本握微自主企画:トーク・セッション vol.01 「普通芸術家『池上宣久』」
日時:2007年8月11日(土)午後3時~ 
会場:[studio](Espace446 2階)
ゲスト:池上宣久(会社員、コモンバー「SINGLES」運営スタッフ)
モデレーター:山本握微(吉原治良賞記念アート・プロジェクト入選作家)

山本握微が常日頃口にしている「普通芸術」を、アッサリ体現している池上氏。年間、膨大な数の演劇公演を鑑賞しつつ、ミステリーマニアとして「飲み会クイズ」「推理合戦バー」を開催するなどの活動を行う。また、最近は詩のボクシングにハマり地区大会にも出場。表現と鑑賞の彼方で、会社にも通勤するという池上氏を招き、山本と普通芸術について語る。



第2弾の日時も迫っているので、告知です。こちらもぜひお越しください。


■山本握微自主企画:トーク・セッション vol.2「思い出すことに他ならない」
日時:2007年8月18日(土)午後5時~
会場:[studio](Espace446 2階)
ゲスト:益山貴司(劇団「子供鉅人」の主宰、長屋カフェバー「ポコペン」店主)
モデレーター:山本握微(吉原治良賞記念アート・プロジェクト入選作家)

益山氏は、場を存分に楽しむ遊戯者であると同時に、自身も場の運営者です。「思い出すことに他ならない」とは氏が以前「劇作」を指して用いた言葉で、今回のレクチャーの題として引用させていただきました。当初、僕にはその言葉の意味がよくわからなかったのですが、さまざまな意味で「場」を辿るその行為は、確かに何かを思い出す作業のように感じます。同じく劇団主宰者でもある山本の進行で「場」を巡るお話を伺いたいと思います。

2007年8月2日

満員御礼

今日のレクチャーは、本当にたくさんの方にお越しいただきました。(狭い、暑い、さらに前半は一部聞こえにくかったりと、いろいろお迷惑おかけしましたが、、、)とても有意義で重要なキーワードがたくさん隠されているトーク・セッションになったと思います。

いろいろ書きたいことはあるのですが、私の中でまだ消化しきれていないので、詳しくは後日改めますが、今後、美術が社会の中で担っていく役割などについて意識させられる部分が多かったように思いました。いろんな要素がてんこもりだったので、見に来ていただいた方それぞれの中で、印象に残っている部分が全く違うのではないでしょうか。またご意見、ご感想などもお寄せください。